秋深く

     秋深く

 陽は、高い。暑いのだ。文珠屋は、その陽のほうへ背を向けて、自分の顔を影にすることを忘れなかった。 が、そんな気づかいをしなくても、彼はつづら笠をかぶっている。また、その編目は粗《あら》く、なかの顔は透いて見えるけれど、大次郎は生死の血戦を経たあとで、蹣跚《よろめ》きそうに弱っているのである。笠の中の相手の顔になど注意を凝《こ》らす余裕は、なかった。 で、誰とも知らずの対応――。「貴様も、その娘御を誘拐しようというのか。」 大次郎は、ざくろの果《み》のはぜたような、傷だらけの顔に、硬い微笑をつくって、片手に女髪兼安を引っさげたなり、前のめりに、佐吉の前へ来て立った。 いま文珠屋と言っている当年の江上佐助が、千浪を慕ってにわかに下山していることは、大次郎のあたまを去ったわけではないが、藤屋からあのお花畑までの途中、後にも前《さき》にも佐吉の影はなかったし、それに、佐助の佐吉が、こんな服装《なり》をしていようとは知らないから、大次郎は、行きずりの旅人と話しているつもりで。「これが、眼に入らぬか。」 手の、大刀を振って見せた。「大次郎さま、わたくしどうなることかと――それに、藤屋に、残っているお父さまの傷が気がかりで、肩を深く――。」 千浪が、気もそぞろに叫びながら文珠屋の手を離れて、大次郎のうしろに廻って立った。「もはや大丈夫! これからすぐ藤屋へ引っかえしましょう。」

— posted by id at 07:35 am  

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