おそろしい使い手になった

 大次、いつの間にか腕を磨いて、おそろしい使い手になったものだ――と、われを忘れて見惚《みと》れていた文珠屋は、そのとき、わっと人声に気がつくと! 逃げ出したのだ、千浪が。 どういう隙があったのか、警戒の侍を振りほどいて、千浪が一散に駈け出している。 血なまぐさい光景に失神しそうなのだろう。無意識に、懸命に走りだしたらしい。それが、裾を蹴りひらいて、転《こ》けつまろびつ、佐吉の伏さっているほうへ駈けて来るのだ。「あっ! 千浪さま!――。」 大次郎の大声がして、すぐ、左右を一気に斬り払い、と、と、とっと大次も、千浪につづいて走って来るのが見える。「追うな! これ! 追うなと申すに! 雌蝶雄蝶だ。はっはっは、逃がしてやれ。」 出羽守の笑い声が、ばらばらと後を追おうとする中之郷、山路、北らの足をとめた。一同は抜刀をぶら下げたまま立ち止まって、去り行く大次郎のうしろ姿を、じっと見送っている。 こちらは、文珠屋佐吉だ。 猛獣のように藪かげに待ちかまえていて、来かかった千浪を、やっといきなり、横抱きに抱きかかえるが早いか、ほそい一ぽん路が反対側へ、ずっと木の間へ伸びている、そこを、佐吉、千浪の胴に片手をまわして急ぎだしたが。「待たれい! 待てっ!」 うしろに、大次郎の声だ。今の野原では、むこうに小さく人かげが集《かた》まって、負傷者《ておい》に応急の手当てをし、下山の道をつづけるらしい。こっちへ来る気はいはない。「待てというのは、わしかね? それとも、このお嬢さんかね?」 ぬけぬけと言って、文珠屋佐吉、樹の下の小径に振りかえった。

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